フリーランス保護法とは何か
2024年11月1日、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称:フリーランス保護法)が施行された。この法律は、個人事業主やフリーランスが発注者(企業・法人)と取引する際に、書面(またはメール等の電磁的記録)による契約条件の明示を義務づけ、報酬の支払遅延や一方的な減額を禁止するもの。対象は業務委託契約で、発注者が「従業員を使用する事業者」であれば適用される。
私は個人事業主(USサービス)と法人(株式会社US)を併営しているため、発注する側・受注する側の両方の立場がある。NDT検査の現場では、長年口頭ベースの受発注が続いてきたケースも多く、「新法で本当に変わるのか?」という実感は、施行直後の2024年冬には薄かった。それから約1年半が経過した今、実際の取引先とのやりとりを振り返ると、変化の濃淡がはっきり見えてきた。
参考:中小企業庁「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」
施行前後で変わったこと・変わらなかったこと
変わったこと:大手・上場系は確実に書面化
私の主要取引先の一つであるアミック社(徳島案件ほか)は、施行後すぐに発注書のフォーマットを整備した。従来は口頭確認+請求時に金額すり合わせという流れだったが、2024年12月以降は「業務内容・報酬額・支払期日・就業場所」を明記した発注書が必ず先行して届くようになった。業界大手のプラントメンテナンス会社も同様で、法務部門が主導して社内ルールを整備した印象がある。
これは発注側にとってもメリットがある。書面化により「言った言わない」のトラブルが減り、検査完了後の支払処理もスムーズになった。特に工数が複数日にわたる案件では、事前合意があることで追加作業の判断がクリアになる。
変わらなかったこと:小規模・地場企業は口頭ベース継続
一方、地場の小規模工事会社や設備管理会社では、施行後も口頭ベースが続いているケースが多い。「いつもの条件で」「終わったら請求書出して」という流れは変わらず、書面を求めると「前回と同じだから大丈夫」と言われる。法律を知らないわけではなく、「うちは従業員5人だから対象外だろう」という誤解があったり、事務負担を嫌って先送りにしているケースがある。
フリーランス保護法は「従業員を使用する事業者」が発注者であれば適用されるため、規模の大小は問わない。この点の周知不足が、地場企業での書面化遅れの一因になっている。
参考:公正取引委員会「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」
受注側として書面をもらうために実際にやったこと
1. 発注書テンプレートを自分で作って渡す
書面化が進まない取引先には、こちらから「発注書のテンプレート」をPDFで送るようにした。A4一枚、記入欄は「業務内容・報酬・支払日・就業場所」の4項目だけ。これを「法律で義務化されたので、次回からこの形式で発注書をいただけますか」と依頼すると、驚くほどスムーズに受け入れてもらえた。
取引先にとっても、ゼロから書式を作る手間が省けるため、むしろ歓迎された。この方法は『新版 ひとり社長の経理の基本』(井ノ上陽一)で紹介されている「受注側が先に書式を整備する」発想を応用したもので、経理効率化だけでなく、法令遵守の実務にも応用できる。
2. 口頭受注は必ずメールで確認往復を残す
電話で依頼された案件は、その場で承諾せず、「承知しました。念のため業務内容と条件をメールで送っていただけますか」と返す。相手がメールを書く習慣がない場合は、こちらから「以下の条件で承りました」と箇条書きメールを送り、「相違なければ返信は不要です。相違あればご連絡ください」と締める。これで電磁的記録としての証拠が残る。
この習慣は、フリーランス保護法以前からやっていたが、法施行後は「法律で書面が必要になったので」と伝えやすくなった。相手も「じゃあ仕方ないな」と納得しやすい。
3. 「いつもの条件」を拒否しない代わりに記録を残す
長年の取引先から「いつもの条件で」と言われたとき、強硬に書面を求めると関係がギクシャクする。そこで私は、「承知しました。ただし法律で記録が必要になったので、こちらで条件を文書化してメールで送ります。相違なければ返信不要です」という形にした。
これは一方的な押し付けではなく、「法律対応のために記録を残させてください」という依頼のフレーミングにすることで、相手のプライドを傷つけずに証跡を残せる。『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建)でいう「打ち手の一貫性」に近い発想で、法令遵守と関係維持を両立させるストーリーを作ることが重要だと感じた。
発注側として気をつけていること
株式会社USの側では、外注先に業務を依頼する場合がある。この場合、私が発注者側になるため、フリーランス保護法の義務を負う立場になる。実際に気をつけているのは以下の点。
1. 発注書は必ず先出し
業務開始前に、発注書をPDFまたはメールで送る。記載項目は「業務内容・報酬額・支払期日・就業場所(リモートの場合は『自宅作業可』と明記)」。発注書番号を振って管理し、請求書との紐付けを明確にする。
2. 報酬は30日以内支払いを徹底
法律では「業務完了後60日以内」が支払期限だが、私は30日以内を原則にしている。理由は、自分が受注側のときに「60日は長い」と感じているため。相手の立場で考えると、支払いは早いほうが信頼関係が深まる。
3. 契約変更は必ず書面で追加合意
業務途中で条件が変わる場合(作業範囲の追加・報酬の増額など)は、口頭で合意した後、必ず「変更契約書」または「追加発注書」を発行する。これをやらないと、後で「言った言わない」になるリスクがある。
参考:厚生労働省「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」
書面化が進まないときの対処法
取引を続けるか打ち切るかの判断軸
書面をもらえない取引先に対しては、以下の軸で判断している。
- 信頼実績があるか:過去に支払遅延やトラブルがない取引先なら、書面化の遅れを一定期間は許容する。ただし、次回契約更新時には必ず書面化を条件にする。
- 金額規模は小さいか:日給3万円未満の単発案件なら、書面なしでも受ける場合がある。ただし、メールでの確認往復は必須。
- 代替先があるか:その取引先を失っても他に仕事があるなら、書面化を強く求める。代替がない場合は、関係維持を優先しつつ、段階的に書面化を進める交渉をする。
「お願い」ではなく「法律」を理由にする
書面を求めるとき、「お願いがあるのですが」と切り出すと、相手は「面倒なことを言われた」と感じる。そうではなく、「法律で義務化されたので、次回からは発注書をいただく形にしたいです」と伝えると、相手も「じゃあ仕方ない」と受け入れやすい。これは『エッセンシャル思考』(グレッグ・マキューン)でいう「本質的な要求を明確にする」コミュニケーション技術の応用だ。
まとめ:法律があっても実態は取引先次第
フリーランス保護法は、発注者に書面交付を義務づけ、違反すれば公正取引委員会の勧告・命令の対象になる。しかし、実際には「法律を知らない」「知っていても対応していない」取引先がまだ多い。特に小規模・地場企業では、施行から1年半経った今も口頭ベースが続いている。
受注側として重要なのは、法律を盾にして相手を責めるのではなく、書面化を「お互いのトラブル防止」の文脈で提案すること。発注書テンプレートを自分で作って渡す、口頭受注をメールで確認する、といった小さな工夫が、実務レベルでの法令遵守を進める鍵になる。
逆に発注側の立場では、書面交付は義務であると同時に、自社の信頼を高める機会でもある。「あの会社はきちんと発注書を出してくれる」という評判は、優秀なフリーランスを確保する競争力になる。法律を「やらされるもの」ではなく、「事業の質を上げるツール」として使う視点が、これからの小規模事業者には必要だと感じている。
関連書籍
本記事では、書面化の実務的工夫として『新版 ひとり社長の経理の基本』(井ノ上陽一)の「受注側が先に書式を整備する」発想を応用した。経理の基本書だが、契約書・発注書の管理にも通じる視点が多く、個人事業主+法人併営の立場では繰り返し参照している。
また、取引先との関係維持と法令遵守を両立させる「ストーリーとしての一貫性」の発想は、『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建)から学んだ。事業の打ち手を「賢者の盲点」ではなく「筋の通った物語」として設計する思考法は、フリーランス保護法対応のような実務レベルの判断にも応用できる。