潜水士という資格を取ったきっかけ
私が潜水士の国家資格を取得したのは、NDT検査の現場で「水中構造物の点検」という仕事があることを知ったのがきっかけだった。プラント設備には冷却水を循環させる海水取水設備があり、海中に設置された配管やスクリーンの点検には潜水士が必要になる。
「検査の延長で潜水もできれば仕事の幅が広がる」という発想で資格を取ったが、実際には検査業務で潜水士資格を使う機会はほぼなかった。プラント水中検査は専門の潜水会社が担当しており、個人事業主が単独で受注できる案件ではなかったからだ。
資格を取ったものの使い道がない状態が数年続いたとき、知人から「水族館のイルカプール清掃の仕事がある」と声をかけられた。これが私の潜水士副業の始まりだった。
水族館イルカプール清掃という仕事の実態
水族館のイルカプールは定期的に水を抜いて清掃するが、営業を続けながら部分的に清掃する場合もある。そのとき潜水士が水中でブラシやホースを使ってプール底面や壁面の汚れを落とす作業が発生する。
作業自体は体力勝負だが技術的な難易度は高くない。ただし水族館という施設の性質上、生物への配慮・安全管理・作業時間の制約が厳しい。イルカが近くにいる状態で作業することもあり、動物の行動を読みながら進める必要があった。
取引構造はBtoBで、私は清掃会社の協力業者として現場に入る形だった。発注元の水族館と直接やり取りすることはなく、清掃会社から依頼を受けて作業する。対等な業務委託契約で、立場が不当に低いということはなかった。
この点が家電修理副業と決定的に違うところだ。家電修理はBtoCで、故障した家電を前にした一般顧客との対面接点があり、立場の非対称性と感情労働が避けられなかった。潜水士の仕事は清掃会社を通じたBtoBで、現場での対人ストレスはほぼゼロだった。
半年で撤退した理由:案件数の少なさ
潜水士副業を半年程度で終えた理由は、案件数が圧倒的に少なかったからだ。
水族館のプール清掃は定期的に発生するが、頻度は年に数回程度。しかも複数の水族館から継続的に依頼があるわけではなく、特定の施設で不定期に発生する単発案件だった。待機していても次の依頼がいつ来るかわからず、副業として成立させるには案件数が足りなかった。
NDT検査の繁忙期(春3〜5月・秋9〜11月)は本業で埋まっており、潜水士の仕事を受ける余裕がない。閑散期に潜水案件が入れば受けられるが、そもそも案件が少ないため「待っていても仕事が来ない」状態が続いた。
作業自体は対等構造で、体力的にも問題なくこなせた。報酬も業界相場として妥当なラインだった。ただし「案件数が少なすぎて継続的な副業にならない」という市場構造の問題が大きく、他の副業選択肢を探す方が効率的だと判断して撤退した。
潜水士を再開する条件:案件数と家族時間の両立
潜水士の副業を完全に諦めたわけではない。以下の条件が揃えば再開する可能性はある。
案件数が増える仕組みができる
水族館プール清掃だけでなく、他の潜水案件(港湾施設の点検・養殖場の網清掃・ダム点検など)とのパイプができれば、月に1〜2件程度の稼働が見込める。そうなれば閑散期の収入源として機能する。
現状は単発案件を待つ受け身の構造だが、清掃会社や点検会社との協力関係を複数持つことで案件の流入量を増やせる可能性はある。ただしそのための営業・関係構築の工数を考えると、今の時間配分では優先順位が低い。
家族時間を削らない範囲で受けられる
子供が保育園児の現在、土日の家族時間は最優先事項だ。潜水案件が平日の閑散期に入るなら問題ないが、休日対応が必要な案件は基本的に受けない。
50歳以降のFI達成後なら、時間的余裕が増えるため潜水士案件を選択的に受けることも視野に入る。その頃には子供も成長しており、家族イベントとの調整がしやすくなっている可能性が高い。
「呼ばれて行く」働き方の一部として機能する
50歳以降の働き方設計では、「信頼と実績ある取引先から呼ばれたときだけ行く」というモードを想定している。潜水士もその選択肢の一つとして残しておきたい。
NDT検査だけでなく、潜水士という別軸の技能があることで「社会接続の多様性」が保たれる。完全に仕事から離れるのではなく、複数の役割を持ちながら必要とされる場所に行くという設計において、潜水士は有効なカードの一つだ。
副業選定の判断軸:BtoC/BtoBではなく対等構造か否か
潜水士副業の経験を通じて、副業選定の判断軸が明確になった。
重要なのはBtoC/BtoBの区別ではなく、取引構造が対等かどうかだ。
家電修理はBtoBの業務委託(Panasonicからの発注)だったが、実際の作業現場は一般顧客の自宅であり、対面接点が発生する。故障した家電を前にした顧客は不満を抱えており、修理担当者は「クレーム処理役」として立場が低くなりやすい。これが対等構造ではなく、感情労働が避けられない構造だった。
一方、潜水士はBtoBで清掃会社との対等な委託契約であり、現場での対人ストレスはほぼゼロ。作業内容も体力勝負で、技術的な判断や顧客対応の負荷が少ない。この構造なら継続できる。
BtoCでも対等構造なら問題ない。ブログやSNSでの発信はBtoCだが、読者との関係は対等であり、感情労働の負荷は低い。逆にBtoBでも理不尽な構造(元請けからの一方的な値下げ要求・不当な責任転嫁など)があれば忌避する。
副業を選ぶときは「BtoCだからダメ」ではなく、「対等構造か、不当扱い構造か」で判断する。潜水士はその意味で構造的には合格だったが、案件数という市場要因で継続しなかっただけだ。
まとめ:撤退は失敗ではなく市場構造の見極め
潜水士の副業を半年で終えたのは、「合わなかった」からではなく「案件数が少なすぎた」という市場構造の問題だった。
作業自体は対等構造で、体力的にもこなせる内容だった。ただし継続的な副業として成立させるには案件の流入量が足りず、他の選択肢を探す方が効率的だと判断した。
撤退は失敗ではなく、市場構造の見極めだ。チャンスがあれば再開する選択肢は残しており、50歳以降の「呼ばれて行く」働き方の一部として機能する可能性はある。
副業選定の判断軸は「BtoC/BtoB」ではなく「対等構造か否か」であり、潜水士はその軸では合格だった。案件数という外部要因が課題だっただけで、構造的な問題はなかった。
この経験を通じて、副業を選ぶときの判断基準がより明確になった。対等構造であること、感情労働の負荷が低いこと、家族時間を削らない範囲で稼働できること。この3つが揃えば、BtoC/BtoBに関わらず継続可能だ。