38歳で気づいた「呼ばれて行く働き方」への移行設計:50歳以降の社会接続を12年かけて仕込む3つの実践

50歳以降の働き方を38歳の今から設計している理由

私は現在38歳、NDT検査員として20年のキャリアを持つ個人事業主兼法人代表です。FI(経済的自立)の目標は2段構え——43歳でサイドFIRE、50歳で年間配当200万円達成という設計で動いています。

ただし50歳以降も「完全リタイア」は目指していません。目指しているのは**「呼ばれた現場のみ受ける」働き方**です。新規開拓はせず、信頼と実績ある取引先から声がかかったときだけ、年1〜2回まで厳選して現場へ行く。単価はこちらの言い値、家族イベント最優先。

なぜこの働き方を設計しているのか。それは配当所得が充実すると、恐れの対象が「収入断絶」から「社会からの断絶」へ移行することが見えているからです。金は配当で回るが、社会との接点を完全に断つと「自分が必要とされる場所」を失う。この恐れを回避する装置が「呼ばれて行く」働き方です。

本記事では、38歳の現在から50歳ゴールまでの12年間で仕込んでいる3つの実践を実録します。

実践①:案件単価ライン¥30,000/日を死守して「値段で選別される自分」を作る

現在の私の案件単価ラインは工数あたり¥30,000/日です。これを下回る案件は原則受けません。

このラインを設けている理由は2つあります。1つ目は単純に生活費と事業固定費を賄うため。2つ目が重要で、「安い案件を断り続けることで、高単価で呼んでくれる取引先だけが残る」状態を作るためです。

50歳以降「呼ばれて行く」働き方へ移行するとき、相手が誰かが最も重要になります。信頼と実績がある対等な関係の取引先でなければ、こちらの言い値で呼んでもらえません。逆に言えば、38歳の今から「安い案件を出す相手」を選別リストから外し続ければ、50歳時点で残っている取引先は自動的に「対等構造で高単価を出せる相手」だけになります。

実際、major Japanese refineriesの定期検査では、VT(視覚試験)を軸にUT・設備診断・検査監理を担当する案件で、この単価ラインを維持できています。FCC装置(流動接触分解装置)の定期検査・補修計画作成のような専門性の高い案件では、経験値と実績が単価交渉の武器になります。

12年後も「あの現場ならうりを呼ぼう」と思ってもらえる実績を、今のうちに積んでおく。これが1つ目の実践です。

実践②:発信で信頼貯金を構築し「うりさんという実態の記録」を残す

私はブログ(urinosuke.com)とX(旧Twitter)で継続的に発信しています。動機は3軸——①うりさんという実態の記録(セルフドキュメント)、②事実に基づき誠実に行動する(信頼貯金の構築)、③いい感じになるように場をまとめる(コミュニティ貢献)。収益化は副次的で、動機の主軸は記録・誠実・場の調整です。

なぜ発信を続けるのか。それは50歳以降「呼ばれて行く」ためには、相手に「うりという人間を知っている」状態を作る必要があるからです。

検査現場で20年やってきた実績は確かにあります。ただし実績は「過去の結果」であり、「今のうりがどういう人間か」を伝えません。発信を続けることで、取引先や業界の人たちに「うりは今こういうことを考えている」「こういう価値観で動いている」という現在進行形の情報を届けられます。

また、発信の記録そのものが**「事実に基づき誠実に行動している」証拠**になります。私は記事を書く際、著者事実台帳を毎回参照し、実体験のない内容は書きません。Claude Codeに「うりさん事実台帳」を読ませて捏造を防ぐ仕組みも構築しています。この誠実さの積み重ねが、12年後「うりなら信頼できる」という評判に繋がります。

発信は即効性のある営業ツールではありません。ただし12年スパンで見れば、信頼貯金を構築する最も確実な手段です。

実践③:家族時間の質を「尊敬される存在で居続ける」軸で設計する

私には保育園児の子供がいます。家族時間の目標は「子供から尊敬される存在で居続ける」ことです。時間量より在り方の質を重視しています。

50歳以降「呼ばれて行く」働き方へ移行する最大の理由は、家族イベントを最優先できる状態を作るためです。現在は繁忙期(春3〜5月・秋9〜11月)と閑散期が交互に訪れる働き方ですが、繁忙期は出張も多く、家族イベントとの衝突が避けられません。

年間配当200万円が達成できれば、案件を受けるか断るかの判断基準を「家族イベントとの衝突有無」に置けます。年1〜2回まで厳選して受ける案件も、家族の予定を最優先して日程調整する。この状態が「呼ばれて行く」働き方の本質です。

子供の成長につれ、家族時間の優先度は緩やかに減少します。ただし「尊敬される存在」であり続けるためには、子供が小さいうちに「父親は家族を優先する人だ」という印象を作っておく必要があります。

私は家族旅行を年2回の1泊2日+年1回の3泊4日で計画的に実施しています(昨年=沖縄、今年=北海道、来年=九州)。6歳の娘が楽しめるベースで旅程を構築するのが基準です。これも12年後の働き方設計の一環——「父親は仕事より家族を選ぶ人だった」という記憶を、子供に残すための実践です。

12年かけて「呼ばれて行ける自分」を維持する

50歳以降「呼ばれて行く」働き方へ移行するためには、38歳の今から仕込む必要がある要素が3つあります。

1つ目は案件単価ラインを死守して、高単価で呼んでくれる取引先だけを残すこと。2つ目は発信で信頼貯金を構築し、「うりという人間」を知ってもらうこと。3つ目は家族時間の質を「尊敬される存在」軸で設計し、家族優先の判断基準を作ること。

これらは即効性のある施策ではありません。ただし12年スパンで見れば、「呼ばれて行ける自分」を維持する最も確実な道です。

50歳以降の働き方は、金稼ぎの意義が薄い代わりに、社会接続と役割が主動機になります。「必要とされる場所であれば行く」——この状態を作るための設計を、38歳の今から始めています。

関連記事

まとめて読む: 読んだ本の棚

← ブログ一覧へ戻る